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⽜込地域と浮世絵・・・第二回目

神田川のほとりに残る江戸の記憶 
  ——広重「神田川関口」を歩く

 神田川沿いの江戸川橋から関口付近を歩いていて、ここが“名所”だと意識する人は、どれほどいるでしょうか。確かに現在では文京区立江戸川公園として整備され桜の名所としても地元の方々には愛されていますが、江戸時代には川の流れがきこえる静かな場所だったはずです。

 江戸川橋から高田馬場方面へと流れるこの川(神田川)は、今では静かな都市の一風景に過ぎませんが、コンクリートで整備された護岸と行き交う車、時折聞こえる電車の音、ここは日常の中に溶け込んだ、ごくありふれた場所なのです。

 しかし江戸時代、この場所は歌川広重により浮世絵に描かれることにより、江戸の名所となった場所です。それが、名所江戸百景「せき口上水端はせを庵椿やま(1857年)」(現在の神田川沿いの関口、芭蕉庵)です。

 

 出店:国立国会図書館

 作者の歌川広重は、『東海道五十三次』を描いた風景画の名手。彼はなぜ、華やかな名所が数多くある中で、この“何気ない場所”を描いたのでしょうか。

 そのヒントがこの浮世絵の描かれた安政4(1857)年にあります。当時の嘉永7/安政元(1854〜1855)年〜安政3(1856)年にかけて日本は大きな地震(伊賀上野地震1855年6月、安政東海地震1855年11月、安政南海地震1855年11月、安政豊予海峡地震1855年11月、安政江戸地震1855年10月、安政八戸沖地震1856年7月)に次々と見舞われました。その大きな被害のもと、復興へと進む日常を広重は絵に描きとどめようとしたのです。

 絵の中に目を向けると、そこには現代とは異なる、ゆったりとした時間が流れています。当時の神田川は「井のがしら上水」と呼ばれ水量も多く、絵の左上には早稲田の水田や湿地帯が描かれています。この場所は現在の椿山荘より少し馬場寄りにある関口の「芭蕉庵」と川の風景です。ゆったりと流れる川沿いを歩く人々と日没の茜色に染まる地平線、右手の芭蕉庵の側には桜でしょうか、周りの緑に中に花盛りの木と形の良い松などが描かれています。

 

現在の関口付近

 同じ場所に立って川を眺めると、まず目に入るのは整備された護岸と橋。かつて主役だった舟の姿はなく、人々の移動は陸へと完全に移行しています。水路は物流の中心ではなく、都市の景観の一部へと役割を変えています。

 

 画像:©︎2026Google

 それでも、すべてが変わってしまったわけではありません。川の流れそのものは、今もほとんど変わらず、同じ場所を流れています。緩やかな川のカーブ、水の進む方向、そして周囲の地形。注意して歩いてみると、坂の位置や高低差などに、江戸の面影を感じることができます。地名としての「関口」もまた、過去から現在へと続く記憶の一部なのです。

 関口は水戸藩の小石川屋敷(現在の小石川後楽園)へ水を引き入れるための分水地として整備さえた場所でもあります。

 

安政時代と現在の地図を見比べて

 

  出典:国立国会図書館「安政改正御江戸大絵図1858年地図」
  出典:Google Maps(川の向きを同じにするため地図を横にしています)

 こうして見比べてみると、江戸時代と変わったのは“表面”であり、変わっていないのは“骨格”だと言えます。都市は時代とともに姿を変えますが、その土台となる地形や水の流れは、驚くほど長く残り続けるのです。

 

広重の求めた日常の江戸

 なぜ広重は、この場所を描いたのでしょうか。それはおそらく、特別な景色を求めたのではなく、日常の中にある美しさを見出していたからでしょう。人が働き、川が静かに流れる。そうした何気ない光景こそが、江戸という都市の本質だったからです。

 華やかな名所ではなく、生活の現場に目を向ける。そこにこそ、広重のまなざしの独自性があるのです。

 現代の私たちは、つい“特別な場所”ばかりを探してしまいます。観光地、有名スポット、映える風景。しかし広重の絵は、それとは逆の視点を教えてくれます。何でもない場所にも、時代を越えて受け継がれる風景があるのだと。

 

現在の芭蕉庵

 ここで、少し「芭蕉庵」について触れておきます。

 文京区の歴史案内板には、芭蕉は神田川改修工事に関わり関口に2年ほど住んでいたとのことで、芭蕉は早稲田の水の張った田んぼを琵琶湖に見立て、ここの風景を愛していたようで、ここの高台に庵を構えて住んでいたのです。

 現在の芭蕉庵は戦火で焼失したものを立て替えたものだと案内板には書かれています。

 

 

 

 次に神田川沿いを歩くとき、ほんの少しだけ立ち止まってみてほしいのです。流れる水の向こうに、小舟の気配を想像してみる。行き交う人々の足音に、江戸の暮らしを重ねてみる。するとそこには、今もなお、広重が見た風景の続きが静かに息づいていることに気づくはずです。