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新宿区町名の由来と歴史・・・第五回

 新宿区の中でも東側は比較的古い町名や歴史が残る地域です。そこで江戸川橋から神楽坂、牛込神楽坂、牛込柳町、飯田橋、市ヶ谷周辺を中心に町の歴史や町名の由来をご紹介いたします。

今回紹介する町は、袋町、北町、中町、南町、納戸町です。

 

袋町(ふくろまち)

◆最寄駅:都営大江戸線「牛込神楽坂」駅、東京メトロ東西線・南北線・有楽町線「飯田橋」駅、JR「飯田橋」駅

◆町名の由来:袋町の袋は行き止まり「袋小路」の意味から名付けられるそうですが、今の新宿区袋町はどこにも行き止まりの袋小路が無いにもかかわらず、この町名がついています。その由来は、江戸時代の神楽坂にあった小さな袋小路の「袋町」という町屋からきています。

 下の古地図は江戸時代の天保元年(1830)に幕府普請方により作られた地図になります。この地図に現在の袋町の位置を明るくしてみました。この地図の下が現在の袋町になります。そもそも袋町という町名の由来について、明治期に記載された文書(東京近郊名所図会より)から最初の袋町の位置(矢印の青線部分)が確認できます。

牛込袋町(ふくろまち)は、住時肴町(さかなまち)の横町にて、袋の如き行止りの町なりしかは、斯(か)く名づけたるなり、明治の初年、光照寺門前及び遠藤但馬守(えんどうたじまのかみ)下屋敷並び諸士の宅地を之れに合併せり。

 このように江戸時代の肴町の横にある袋町が、明治初年に町区画を拡大され、今の袋町の町割となったようです。

出典:国立国会図書館『御府内往還其外沿革図書 十二』

地図データ©2024Google 「現在の袋町」

 

北町(きたまち)、中町(なかまち)、南町(みなみまち)

◆最寄駅:都営大江戸線「牛込神楽坂」駅、東京メトロ東西線・南北線・有楽町線「飯田橋」駅、JR「飯田橋」駅

◆町名の由来:北町、中町、南町は、もともと江戸幕府の御徒(おかち)組の屋敷があった所で、昔の通称は「牛込御徒町」と呼ばれていたようです。それぞれの町区画は「北御徒町」「中御徒町」「南御徒町」とされ、その後、明治時代に牛込北町、牛込中町、牛込南町と町名が変わり、昭和22(1947)年に新宿区になると「北町」「中町」「南町」になったといいます。

 道や町割は、ほぼ御徒組の屋敷が並んでいた江戸時代(下記古地図は1830年のもの)のままで、2000年度に発行された『日本都市計画学会学術研究論文集』にも「幕末期には、地区の中央を道がはしる現在と同じ街割をゆうしていた。道の両端には木戸が設けられ、閉鎖的な地区であったと推測される。また一つ一つの屋敷地規模はほぼ均一で、一敷地約200坪であり、組屋敷の中で比較的広い規模を誇っていた」とあります。

 都内には他にも御徒町と称する区画が上野にもあります。また、御徒組が設けられた慶長8(1603)年には30組からなり、1組につき28名で構成され、2名の組頭と1名の頭がいたようです。ただ、御徒(おかち)と字の如く馬に乗れない下級武士の御徒は70俵5人扶持という棒給で生活は厳しかったようです。

出典:国立国会図書館『御府内往還其外沿革図書 十二』

 町名とは関係ありませんが、下記の錦絵は上野山に参拝する将軍の先導を務める御徒組の様子です。このように将軍の警護や江戸城の警備のため組屋敷は江戸城近くに配置されていました。江戸城では本丸警備に15組、西丸に5組が配置され。総勢約600人が交代制で勤めていたようです。

出典:国立国会図書館『千代田之御表 上野御成』明治30年錦絵より

地図データ©2024Google 「現在の北町」

地図データ©2024Google 「現在の中町」

地図データ©2024Google 「現在の南町」

 

納戸町(なんどちょう)

◆最寄駅:都営大江戸線「牛込神楽坂」駅、東京メトロ南北線・有楽町線「市ヶ谷」駅

◆町名の由来:納戸町の納戸は、これも江戸幕府の武士の役職から来ています。納戸役とは将軍などの身分の高い人々の衣服や調度を管理し、諸侯や旗本などから献上される金銀や諸物に関する管理事務をおこなう役人のことをさします。下の古地図は江戸時代の納戸町付近です。青で囲った箇所は「納戸町」と記載された町屋(商人や庶民が生活する町)です。多分、幕府から納戸組が拝領した土地を庶民に貸し出して家賃収入を得ていたのでしょう。また赤い棒線部分には「御納戸同心」と読み取れますが、ここは現在「払方町」になっています。ここが納戸役人の同心(下級武士)が住んでいた区画でしょう。明るく抜き出した部分が現在の納戸町の大体の位置関係になります。つまり納戸町の町名は町屋の御納戸町を中心に町割がされたものでしょう。

出典:国立国会図書館『御府内往還其外沿革図書 十二』

地図データ©2024Google 「現在の納戸町」